PAKUっ子特集アーカイブ

子どもの声を聴くとは? 保育と家庭での実践

 日本の若者は自分自身に満足していたり、自分に長所があると感じていたりする者の割合が他の国と比べて最も低いことが報告されています(内閣府「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」2018年)。グローバル社会の多様な価値観の中ではっきりと自分の意見を言える、AIに負けない子どもを育てる…といわれている現代なのに、自己肯定感の低い子どもに育ってしまうのはどうしてなのか。乳幼児期からの子どもの育ちにまでさかのぼる、とも言われています。保育園という集団、個別の保育、そして家庭ではどのようなことができるのか、天白の子育て支援に長年携わるお二人に語ってもらいました。


リーゴ植田保育園長 宮嶋貴美子さん
16年前、原で幼児あそび教室「親と子のホッとスペースきゃら」を設立。植田東に移転し、幼児から小学生を対象にした保育施設を手がける。その後、家庭保育室運営を経て2014年よりリーゴ植田保育園設立、園長に。一般財団法人こども財団代表理事。


保育室みぃな代表 菊地久美さん
2001年より自宅の一室で定員2名の一時預かりルームを開設。チャイルドマインダー。


自己肯定感と意見表明


 子ネット吉岡(Y):「生まれてきてありがとう、いるだけで大切な存在よ」と生まれてきたのに、成長したら「どうせ自分なんて」と自分が好きになれない子になってしまうのですかね。

 宮嶋(M):家庭でも園でも学校でも、日本はずっと「みんないっしょに同じことができるようになる」「きまりをまもる」という価値観で教育してきたように思います。自分の欲求を主張するのはわがまま、大人の言う通りにしていればいい、と習慣づけられてしまった子どもは、自分は世の中を変えられる存在だなんて思えないのでは。中高生になっていきなり自分の意見を言えなど無理でしょう。小さいときから自分の考えを出し、受け止められる経験を積み重ねることが大切なんです。

 Y:国連子どもの権利条約※では「意見表明権」と呼びますね。子どもは自分に影響を及ぼすことがらに、自由に自分の考えを表せる権利がある。大人側には「子どもの声を聴く」とも解釈されています。権利とか意見表明とか大上段に構えなくてもあたりまえに、子どもの内なる欲求が出せる環境を大人が用意しましょうよって大人に言っているんだと思いますが、現場ではどうでしょう。

※国連子どもの権利条約 UNCRC
1989年に採択された国際条約で世界中の国が締約している。昨年30周年を迎え、各地で記念イベントが行われた。子どもも大人と同様、ひとりの人間として権利をもつ主体と位置づけるとともに、成長の過程で特別な保護や配慮が必要だという子どもならではの権利も定めている。
https://www.unicef.or.jp/crc/


集団保育での実践


 M:たとえば公園のすべり台で。大人からするとみんな順番に並んで、階段をのぼって一人ずつすべることがルールになります。でも子どもは上からすべりたい子、下からのぼりたい子、早くやりたいからぬかしたい子など、さまざまです。「じゅんばん!」「下からはダメ!」と大人が子どもを叱るのはルールを守らせる躾にも見えますが、実は下からのぼりたいという意欲を抑えつけているのではないか。そもそも自分がやりたいことが中心で、お友達との関わりも未熟な幼児に「みんな仲良く同じように」を要求するのが適切なのか。

 そこで最低限の安全は見守って、子どもたちに自由にやらせてみる。すると、上からきた子と下からのぼる子がぶつかる。うまくいかない。どちらも楽しく遊べない。互いの遊びたい欲求を満たすにはどうするか、子どもそれぞれが考える。なんとなく上からすべる子がいると下の子はよけるようになったり、下からのぼった子がすべりおりる子にぶつかって一緒にすべってきたり。新たな楽しみ方を見つけます。子どもたちが新たな秩序をつくるようになります。 


個別対応での実践


 Y:集団では自分の思い通りにならない場面もあると思いますが、一対一の対応だと、大人が子どもの欲求すべてを受け入れるんですか?

 菊地(K):一時預かりは、園とも、家庭で保護者が対応するのとも違う、第三者的視点も入るのですが、もちろん、子どもと保育者である私の間で対立、立場の違いはあります。

 たとえばお預かりが昼迄なのに11時に公園に行きたい!と言ってきたとき。まずは「そうなのね、公園に行きたいのね」と受け止めます。その上で、こちらの事情も伝えます。「お昼すぎにはお迎えだし、その前にお弁当を食べなきゃ」。さらに「少しの時間なら公園に行けるかな」と見通しも伝えます。もしくは「先にお弁当を食べてから公園に行ってみる?」と選択肢を示します。小さい子どもは言っても理解できない、ムダと思うかもしれませんが、わかっているかどうかは別として、説明をします。この過程で子どもが「行きたい、という思いに対応してくれる」「この人に言っていいんだ、信頼してみよう」となれば、お互いの関係も良くなりますし、公園に行ってすぐ帰ることになっても、もちろん「イヤ、まだあそぶ」とは言いますが(笑)、納得するまでの時間が短くなる気がします。


家庭での実践


 Y:親からすると、自己主張させすぎるとわがままになるのでは?と心配になります。昼前に公園に行きたいと言っても、親は生活リズムを優先させたいから「ダメ」とすぐに言ってしまいがち。子どもは否定された、納得できないという思いで反発し、泣いたり、暴力にうったえたり…。でも先生方のように「行きたいのね、行こうか」と子どもの言うことばかり聞いていると、わがままになりませんか?親の思いは無視されて、子どもの奴隷になってしまいませんか?

 M:親に対してはまた別の姿をみせるかもしれませんね。「園ではきちんとできているのに、家では爆発」と面談等でもよく聞きます。子どもはいろんな面を本能的に使い分けている。お家ではわがままで自己主張が強いのも、先生の前ではききわけがよく友達にやさしいのも、全部ひっくるめてその子がもつ個性として保護者の方には全部受け止めていただきたい…のがホンネですが。

 K:もちろん、子どもの要求を全部満たすのは無理です。大人にも都合がある。でも欲求は出しても良い。大人であろうと子どもであろうと、人と人とが生活する中でぶつかりあいながら生活していくのが人間であるなら、互いの欲求にどうおりあいをつけるか。親は対応の引き出しの種類を増やしつつ、感情の葛藤をコントロールするトレーニングを意識したいものですね。

 M:対応力には、子どもの発達への理解やイマジネーション、工夫力、臨機応変な言葉かけなどスキルが必要なこともあって、本を読んだり講座を聞いたりマニュアルに頼ったり…いろいろ言われて、ますます親が追いつめられてしまうことも。

 「今、子どもは何を言おうとしているか、何を意見表明しているか」の内容がわからない場合は、「とにかく遊んでいたいのね」「今はこれをしたいのね」「泣きたいんだ」「怒っているんだ」を単純にありのまま受け止め、親もありのままに「ママは帰りたいんだけど」「パパはそれをして欲しくないんだけど」と対等な立場になってお互い言い合う、思いを出し合う。これを何度も繰り返すうちに、時間をかけるうちに、互いの要望や思いを尊重し合いながら進む方法がきっとみつかるのでは。


子どもの声を聴く


 K:思いが受け止められた、自分を受け入れてもらい大切にされたという経験は、大人が思う以上に子どもの心のなかに張り付き、言っても良いんだという自信になり、相手を尊重し異なる意見にも耳をかたむけられる人を育てるでしょうね。大人同士、パパとママの関係でもそうですよね(笑)。

 Y:時間がかかる、親だって初心者なんだから、すぐにうまくできなくて当たり前ですよね。

 M:子どもだって、言葉は未熟だし経験も浅いし、自己チューなもの。
 
 K:子どもを信じるのが大事では。子どもは欲求を出しますが、際限なくでもない。おとしどころを自分で見つける力を持っている。

 M:遊びや食事を自分で選択、決定する自由がある環境で育った子は、イヤイヤ期の自我全開の1歳半~2歳になっても自我の出し方が違う気がします。

 Y:よかれと思って大人が先んじて、単一の価値観ややり方を押し付けて、子どもの「やりたい」気持ちを抑えつけないことですね。

 子どもは庇護する対象ではあるけれど、思いや意見を持つ主体でもある。子どもに、どう思いどう行動するかを選択する自由を保障する。大人は、子どもの特性や発達段階に応じて思いを聴く工夫をする。発言する権利は互いに尊重される。本当にあたりまえのことなんです、だけど大人にとっては価値観の大転換なのかもしれない。でもそこに未来が見えるんです。

2020年1月号


PAKUっ子特集アーカイブ